木暮実千代の会 


往年の大女優であり社会福祉活動に貢献した
木暮実千代を顕彰する会のホームページです。
わたくしたちは「木暮実千代の会」の会員として、
木暮実千代の無私の精神でなされた社会貢献活動を敬愛し、
その心を今に伝えるため、誠心誠意顕彰してまいります。
(Top画右の写真は、パリ・ノートルダム寺院前にて。撮影は夫君和田日出吉氏。昭和30年)

※音楽をオフにしたいときはお使いのパソコンで操作ください。
(演奏曲はショパンの名曲「幻想即興曲」)
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木暮実千代が、はじめてチョイ役で出演したのが、
おなじ下関出身の大女優・田中絹代さん主演
一世を風靡した『愛染かつら』(松竹・1938年)の
看護婦役でした。以降、『酔いどれ天使』『青い山脈』
『雪夫人絵図』『帰郷』『風にそよぐ葦』『熱砂の白蘭』
『自由学校』『純白の夜』『海の花火』『源氏物語』
『お国と五平』『お茶漬けの味』『千羽鶴』『祇園囃子
『日輪』『明治一代女』『新平家物語』『王将一代』
『赤線地帯』『霧の音』『瞼の母』『五番町夕霧楼』
『三婆』など350本以上の映画に出演しています。
そのかたわら、ジュジュ化粧品の『マダム・ジュジュ』で
わが国初のCM出演第一号女優としても活躍。
三洋電気の「サンヨー夫人」としても広告界を席巻しました。
そんな超多忙ななかで、恵まれない子供たちの支援を
亡くなるまで続けるほか中国残留孤児の肉親探し、
芸能人初の保護司としても社会に大きな貢献をして
います。その慈愛にみちた生涯を簡単にご紹介します。


・1918(大正7)年1月31日、山口県下関市
 彦島福浦町で誕生。本名・和田つま。
 父母は東京出身。一男四女の三女。
・下関市丸山町にある名門・梅光女学院に入学。
 「光の子として歩め」という初代院長・広瀬藤吉氏
 の教えを尊びのびやかで明るい女学生時代を送る。
・卒業後上京して、日本大学芸術学部演劇科へ入学。
 日本で数人しかいない女子大生に。
・日大在学中、江ノ島ページェントに出演中、松竹から
 スカウト。 わが国初の女子大生女優「木暮実千代」
 が誕生した。
・戦前戦後を通じて、映画、テレビ、舞台と、幅広い
 ジャンルで活躍。
・戦争中に、結婚して一時女優業を休み、夫君の任地

 旧満州(中国東北部)へ渡るが、敗戦、満州からの
 引き揚げ・・・と、言葉でいいつくせないほどの辛酸を
 なめる。そのつらい体験が、のちの恵まれない子ども
 たちへの大きな支援へとつながっていく。
・芸能人初の保護司としての活動、中国残留孤児の
 肉親探しでは満州での体験から病を押して奔走。
 また、はなやかな外見とはうらはらに、地味な陰徳とも
 いえる社会福祉活動を続けた。
・1990(平成2)年6月13日、重い糖尿病から入退院を
 くりかえしていたが、東京女子医大病院で死去。享年72。
 大好きな「くちなしの花」が咲き誇るころのことであった。



住所:〒750-0075山口県下関市彦島福浦1-24-22
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